2013年5月30日木曜日

女性のネットワークはすごいって話

四半世紀、男社会で働いていたアタシは最近感じることがある。

女性同士のネットワークってすごいって感じる今日この頃なのだ。
「XXに行きたいんだけどどこがいいかな」と聞くと
「xxがいいよー」 と教えてくれる。

今までは「自分のことは自分で解決せねば」と思ってた。

それって心理学的にいうと男なんですってね。

男らしかった自分。

でも、連れが出来てからその思想はだんだん減ったし
(こんなアタシも甘えていいのかなあ)と思い始めた。

そうすると素直に友達に話すことができて
今までは辛くても完璧な自分になるまで閉じこもってたけれど
完璧じゃない自分を無防備にさらけ出すってラクだ~ って思えてきて

そんなこんなで
楽しいのだけど

パーティで何してるの?と聞かれて「語学学校に通っています」「主婦しています」と言うのにちょっと飽きてきたので

もうすこししたら

いままで構想してたことをスタートしようと今もくろんでいます。


ネイル Bacance仕様と不思議な話




来週から久しぶりのヨーロッパへ行くことに。
ってことで、今日ネイリストのMちゃんがウチに来てこんな組み合わせにした。

気付いたらオーラの色ではないですか。(→チャネリングの記事はこちら

チャネリングの話にまた戻って申し訳ないのだけど、おばあちゃんが「寝室のインテリアをソフトな色にして。」 とチャネラーに言われ、枕カバーやさしい色のを買おうかと考えてたら

その数日後に友人からプレゼントされたのが、アイボリーと薄いカーキ色の枕カバーだった。

もちろん彼女はこのブログも知らない。 ただ偶然にプレゼントしてくれた。

不思議なことは多々あります。





料理はアートと同じらしい

フランス語学校のクラスメイトで仲良くなった奥様が貸してくれたレシピ本。

彼女は学校でも真面目でいつもきっちり予習してくる人。 コルドンブルーできっちり勉強したらしい。

多分彼女、高校生のときは生徒会に入ってたタイプだなあと思う。


アタシも行ってみようかとネットで調べたけど、入学時に買わされる包丁セット( 約六万円) ユニフォーム( 約四万円) と学費だけで何十万もするし、週二回の実習では基本通りの六人分の料理をそれも毎回つくるっていうの聞いただけでもうげんなり。 やっぱり、真面目で根性がないと無理そうだ。

だって鳥をさばく包丁持ってても使うチャンスはないだろうしね。 家でシェフのユニフォーム着てもコスプレですか?って連れに聞かれそうだし。 (連れはこの本みて 「トレビアーン!! これ食べたい」 「これつくって」連発、 見せなきゃよかったよ)

でも本に書いてある。

美味しいものをつくる方法は味覚のセンスを生かすこと。 センスを生かすには美味しいものを食べること。 細かい分量に囚われないこと。

細かい設計図よりも自分の本能と直感を磨けっていう考えに100%納得。

だから、お酒のおつまみを閃きでささっとつくるほうがアタシには合ってるのだ。

2013年5月28日火曜日

ポートワインの会

アタシが通っている学校にあるブラッセリー主催のワインテイスティングの会に行ってきた。 なんだか利き酒の会ばかり行ってる最近。
甘いデザートワインのポートワインを、あえて料理と合わせて楽しむ会。



食前にいただいた白ポートワインをペリエで割ってライムを絞ったカクテルは夏を感じさせて美味しかった。 

利き酒の会もそうだけど、この手の会はいろんな種類を次々と飲むのでだんだんわけ分からなくなってくるということ。 ちょっと今週は禁酒にしよう。

2013年5月21日火曜日

日本酒テイスティングの会

今日は日本酒テイスティングの会 いわゆる利き酒の会に行って来た。

ワインのビンテージがどうのって言うのもいいけど日本人は米でしょ?
ちょっと悪い予感も持ちながら(日本酒には数々の失敗の思い出があるのだ) 行ってきた。


6種類の日本酒を料理に合わせてゆっくり飲む その時の気分で目の前に並んだおちょこを選びながら。


このにごり酒がまたシュワシュワ ックーーー という感じ ちょっとマッコリにも似ている。 たまらん。

以前 グラスメーカーのリーデルでいろんなワイングラスでワインを試してみてどれだけ味が変わるかを勉強したことがあったけど、日本酒の器も同じなんだな〜 器のかたちによって飲む瞬間にお酒が舌に当たる部分が違ってくるため。

すべての事に意味があるんだと思った。
最近深く物を見ないようになっている自分にカツを入れられたような気分。

2013年5月19日日曜日

チャネリング (追伸)

チャネリングに関する反響は大きかった。
先週ランチした友人は「アタシも何回か受けたよ、やっぱりおばあちゃんがガイドだった。
来週もチャネリングしてもらうよ」とサラッと言ってのけた。
へえー 意外とみんなやってるのね。と思った。

チャネリング追加です。
おばあちゃんいわく、「モノが多すぎる。 モノは少なくしなさい」
そうだな。 ということで今日はかなり捨てた。


びっくりしたのは、連れがこのアパートに持って来た洋服のうち半分くらいは要らない物だったこと。 そして、彼の靴は30足もあってそのうち半分くらい捨てさせたということ。

やっぱり男性は女性より古い物をキープする習性があるらしい。

「 どうしよう」 と連れは迷う
「 要らないよね」 とサクサクと捨てるアタシ。

スペースをつくらないと新しいことが入ってこない。
本当にそう思う。

2013年5月16日木曜日

チャネリング受けた話 その伍 (最終章)

チャネリングのことを書き始めたらアクセスが倍になってた。

アタシの友達から「夫もむかし自分にないしょで受けたことがある」 とメールしてきた。
やっぱり興味のあるトピックなのかも。

半信半疑、ほんまか? もちろん人間は目の前にある食べ物やお金など、目に見えるものしか信じられないし、目に見えないものは「すべてあやしい」と思うのは当然。

でも目に見えないものも信じているのもたしか。
新年になれば初詣にいったお寺や神社で手を合わせる。
(目に見えない何か)が、自分を助けてくれると信じているからこその行為なのだ。

それを言うなら 「空気を読む」 「心をさぐる」 「気配をかんじる」 「愛をさがす」 など、人間って目で見えないものを分かろうと必死じゃないか? と今回のセッションで考えてた。

一番腑に落ちたのは、アタシが前世で小さなおじいさんだったのを聞いたこと。
食べたいものも食べず抑制された環境で神に仕えていた(らしい)。

だから今世のアタシは食べることを (飲むことも) 貪欲に楽しむのか。
抑制されたり束縛されるのを極端に嫌って自由にきままに生きてきた。
外の世界を知らなかったから今世で旅をしてるのかもしれないな。

2013年5月14日火曜日

チャネリング受けた話 その肆(父親)

Jが父が言っていることを話し始めた。

それはまるで通訳をするように、ちょっと間をおきながら一言一言ゆっくりと話し始めた。

「私はまいにち娘のことをみている。

彼女が何をしていて どこにいて 何を考えているのか知っている。

でも今日はこんな形で娘を見るのがとても妙な感じにおもえる。

彼女は人生を楽しんでいるようだ。

でも責任を背負い込むクセがある。
それは彼女の性格からでついしてしまうが、決してよい選択ではない。
でも自由を求める人だからすぐ疲れるか飽きてしまうと思うけれど。」

「私にとって自慢の娘なんだ」

「心配はしていないし、本人も分かっているはず。
とっても強い人間だし、男性女性両方のマインドをもっているので」

「お父さんは」

「愛してるよ、っておっしゃってるわ。」 とJは微笑んで言うと、片手で目のあたりをぬぐうようなしぐさをした。


あとで聞いたのだけど、チャネラーは指導霊がどれだけクライアント(アタシ)を思っていることに感動するとぐっときてしまうらしい。

しかし。 アタシはぐっとこない。
まったく冷静だった。

チャネラーが涙ぐんでいても父親が愛していると言っても
実感がないからしかたがないのだ。

父親が亡くなってから経った時間の長さをアタシは感じた。

すると、アタシの心を読んだかのように、

「自分が亡くなったのは本当に遠い昔に感じる。
長い長い時間をかけて自分がどういう存在かが分かったので
今は娘に自分自身の存在と何をするためにこの世にいるかを生きている間に知ってほしい。」

「今年の夏は、娘にとってゆるやかな変化の時期をむかえる。
格闘することなくしたいことをして変えていかれる。

人とのコミュニケーションは、自分がこうしてもらいたいということを素直に伝えたほうがいい。
他人がこう言うから、他人にたのまれて、みたいな感じでなく、自分の言葉ですんなりとやってみてほしい。」


「自分自身の感情や思いに正直に
理論的、思考的な考えに感情を惑わされないように
アタマで考え過ぎないように」



生きているときにやっておきたかったことはありますか?後悔とか?と聞いてみた。


「もっと海辺を歩いてみたかった。
自然の環境に身をおきたかったけれど状況的にできなかった。

そして、娘ともっと一緒の時間を過ごしかった。

海辺に行くならとんでいって隣にぴったりくっついてどこまでも一緒に歩きたい。」



唐突だが、父親のことを知っているつもりでも父親がどんな人だったか本当に知っていなかったように感じた。

たとえば、死んだひとだけじゃなく、生きている自分に近しい人がいる。
その人と離れているときにどれだけその人のことを思い出せるか。 

また、裁判などで目撃者が犯人の特徴を証言するとき、「犯人は本当にグレーのシャツを着てましたか」 などと尋問されて 「そういわれてみれば・・・グレーでなかったかも」 とあやふやになるのは自分の思い込みやイメージで思考するからなのかと。

案外自分が理解していると思い込んでいるだけで、それは自分のつくったイメージを思い出すだけで、本当はそのひとの十分の一も分かってないんじゃないかと思ってしまった。


Jのチャネリングはまだつづいた。

「自分の人生の話を語るのは遠い昔の話のようだ
自分は変わっていないけれど前より良いバージョンになっていると思うよ」

良いバージョンというのは、父親の性格でアタシが嫌いだった部分がなくなってきたんだよ、という意味に感じた。


「実は、お父さんと話す方法があると言ってるわよ」

え?

「娘のそばにいるとき、部屋の照明が少し落ちるとか、そういうサインを出しているらしいわ。

コミュニケートもできるって」


どういう方法? (おばあちゃんの場合はアタマの中に浮かぶ声=メッセージと言ってたけれど)


「部屋を暗くして懐中電灯をつけて置いておく。
質問してくれれば、イエスノーに応じて光を大きくしたり小さくしたりして答えるって。」

ひえー!! ほんとうに??

「出来るって言ってるわ。」(かなり確信もって断言している)

やってみます・・・ (恐)

「今日はとても素晴らしい、うれしい。 
こんなふうに会わせてもらったことに本当に感謝しているよ。」




ふと思い出した。

今の住まいへ引越ししてから、キッチンの換気扇がいきなりボッという音とともに動き出してそのあと追いかけるように照明がつくことがたびたびあった。 時間に関係なく それはきまぐれに起こった。

しばらくすると換気扇はとまって明かりも消える。
料理もしてないのにへんだよね、クレームしようというと

連れは 「またお化けデタヨー!」 とふざけてた。

あれってもしかして・・・ いや、そんなことない。 気のせいだよね・・・ え?

(つづく)

チャネリング受けた話 その参 (鎧の大男)

アタシが7歳のときに病気で亡くなったおばあちゃんがアタシを守ってくれているというのがとりあえず分かった。

アタシは「こんな偶然ある?」と思うほどの不思議な出会いを体験した。
それはシンクロニシティという言葉で説われるようだけど、
「偶然じゃないよ、必然なのさ~」と、昭和の歌の文句にあるように、出来事はすべて意味があって起こるべくして起こると信じるようになった。
そして、しだいに(次はこうなるのでは)と次に起こることを感じるようになった。 また、

(こうなったらいいのに)と、自分の望む状況をイメージする。 アタマの中で映画のワンシーンのようにそのイメージを上映する。 そうするとそれはほとんど実現化するようになった。
逆にそれがネガティブなことであっても実現してしまうのだった。
記憶をたどっていくと、悪いことまでも自分でシミュレーションしていたということが多い。

たとえば、つきあって別れた男性のことを (もし別れることになったらどうしよう)とアタシは心のどこかにそれをイメージしていたのかもしれないのだ。

何がいいたいかというと、起こることって自分で起こしているってこと。
偶然の出来事じゃなくて自分が出来事を起こしている、起こることを自分で選んでいるということがなんとなく分かった。

なので先述の別れた男性も、最初から別れることを知っていてたがつきあっていた。 でもやっぱり最終的に別れることになりそれは自分の望みだったし最初から選んでいたことだったのかもと思うのだった。


東洋思想の輪廻転生(人間は何度も生まれ変わり魂を浄化させてゆく)は、キリスト教にはない考えなので、一部の欧米人の間で精神世界の思想が話題となった一昔まえには、オカルト的偏見をもってみられバッシングも多かったようだ。

その輪廻転生でいえば、アタシはチベットに何回か生まれていたらしく、そこで十分な英知を養って今世に生まれているので知識はすでにあり、
あとは時間と場所をつかって実践をすることがこの世での目的となると、おばあちゃんが言っているらしい。

「いまね、ひとり男の人が部屋に入ってきたわ」

え?

「こーんな形の(両手で頭の上にとんがった形をあらわして)おおきいヘルメットをかぶっているの。 
よろいを着て革のアームカバーをつけているアジア系のすごく大きい男性が来た。」

あのー。 
アタシの亡くなった父親ってどうなんでしょうか? いますか?

と、聞いてみた。

「うん、お父さんの兄弟がお父さんは私の後ろに立ってるって言うんだけど。
お父さんは最後に話すって言ってる。」

Jはキョロキョロしながら躊躇した表情を示した。

「よろいをつけた男性に興味ある?」

オッケー、そっちからでいいですよ。 と答える。

「彼は言葉で説明をしない。
イメージ、映像を私に見せてくれている。
お寺のような建物がみえる。
柱とすごく高い屋根だけの、建物。
その中には黄金の仏像のようなものがみえる。

あなたは昔、すごく小柄で華奢なおじいさんだった。
あなたの仕事は聖なるものを守る仕事。
かごに乗り、聖なるものをもって街から街へと移動していて
聖なるものを常に綺麗な状態にしていたのであなた自身も常に浄化されていた。

よろいをつけた男性はあなたを守るひとで、
あなたの身代わりになってなくなった。

あなたは制限された生活を強いられていた。
ちょっぴりの食事しか食べられない。

このガードマンは今世のあなたをみて
(すごく普通の生活をしているんだね!)とびっくりしている。

あなたのために亡くなったけれど、あなたと一緒にいると安らぐんですって。
この世では好きなものを沢山食べて好きなことを存分にして欲しいと言ってるよ。」


ふーん。 

(というしかないじゃないか!)

ますますアタマの中は真っ白になってきた。
ただ、身長170センチのアタシが前世で小柄だったのには吹き出しそうになった。
大きい自分にどうしても心地よさを感じないときがあるのはそのせいか。


「いま。 お父さんが部屋に忍び込んできたわ」

「なんでそんなふうに入ってくるのかしら。おもしろい!
彼はとても楽しいひとよ!」

「お父さんはさっきのガードマンとは違うって、あなたは沢山食べなくていいって。
少ししか食べないってことに慣れてるからムリするなって言ってる。」

いよいよアタシの宿敵、パパが登場したらしい。


(つづく)

2013年5月13日月曜日

香港でクラビング




GW後半に行った香港。 
リッツカールトン(118階)にあるバー、オゾンで友人カップルと合流した。実は連れと友人は奇しくも同じ誕生日ということで、ダブルバースディクラビングと相成ったのだった。

ここのインテリアどこかで見た事があるなと考えてたら、東京のペニンシュラホテルのバーに似ている。 外は天気が悪くてビューは見えず、しかし月曜日なのにほぼ満席。どのテーブルも盛り上がってた。 


そのあと、香港島のランカイフォンへ移動して朝方まで遊んだ香港ナイト。
夜遊びはやっぱり楽しい。細胞のなかに眠っていた記憶を呼び覚ますというか、音楽のビートが身体に響くクラブに足を踏み入れる瞬間のゾクゾクする感覚はいくつになっても、いえおばあちゃんになっても変わらないかも。



2013年5月12日日曜日

チャネリング受けた話 その弐 (おばあちゃん)

チャネリング(一時間ほど)の体験話は心を整理しながら少しずつ書こうとおもう。

だいぶ昔からこの世は本当に実在しているのか、父が言っていたように身体と魂は別のものなのかを考えたり、ありえない回数のシンクロニシティ(偶然の一致)を体験していたので、チャネリングに関しても世間で言われているような興味本位のオカルト的なものとは異なると思っているのだけど、

興味のないひとはスルーしてくだされ。

ちなみにチャネラーのJとはスカイプで会うまで認識なし、
彼女が知るアタシの情報は日本人であるアタシの名前だけで、住所も年齢も知らない。


「いま、4人のガイドがそばに来ているわ。」

Jはとても楽しそうな表情で喋り始めた。

ガイドとは日本語でいうなら指導霊という呼び方がいちばん近いかもしれない。

「あなたの母方のおじいちゃんとおばあちゃん、そして父方のおじさん、もうひとりは母方の親戚と思われる女性が来ているけれど、彼女は自分のことを話したがらないから誰なのかわからない。」

「おばあちゃんが言ってる。 
あなたのエネルギーのオーラはオレンジ色。 
ものすごくきれいな色。
オレンジは変化を表していて、いまあなたは人生の変化の時期に入っている。」

「おばあちゃんはずっとあなたの成長を見守ってきたといっている。 でもまだあなたは成長し続けていて、まだ落ち着いたくない。 もっと変化していくし、成長し続ける。 おばあちゃんもそれをサポートしたいそうよ。」

「ただサポートしたいけれど、彼らのギフトにあなたは気づいていないといってるわ」

ギフト?

「彼らがメッセージを送っているのを気づいていない。」

「アタマのなかにうかぶ考えの中にそのメッセージがあるそうよ。 
あなたは自分で感じる直感みたいなものをぜんぶ自分の考えと思っているけれど、その中におばあちゃんが送っているものがあるらしい。」

「そう もう少しスローダウンしなさいって。 
ゆったりと、静かに過ごす時間とスペースをつくってみる。
とにかく色んなことをしようとしたり急いで考えすぎることが多いって。」

なるほど。 

「あ、おばあちゃんは猫が好きなんだって。 うちの猫といま遊んでるわ!」

アタシの祖母は猫を飼っていた。
他界したあとも祖母の家に(ちょび)という名前の猫が住み着いてたのを覚えている。 
決して犬派ではなかった。

「瞑想したり 寝室のインテリアをソフトな色調にして 心を平和に保つ」

ふーん。

「あなたのほうからコンタクトする必要はない。 
心を静かにしてリラックスして。 

いままで自分の考えと思っていたことのほかに少しだけ違う感じのメッセージが浮かぶときがある。 それが我々のギフトだって。 自然に気づく。」

わかりました。

ここまでのセッションでアタシは漠然と(これって本当なの?)と疑問がでてきた。

祖母はアタシが7歳のときに亡くなっているので、アタシの記憶はきわめておぼろげなものだった。

だから、Jのそばに果たして本当に祖母がいるのかどうか確かめるには、アタシと祖母しか知りえないことをJが言わないかぎり分からないし、それは無理だなあ とアタシは考えていた。 

そしてちょっとイライラしてきた。

そんなことはおかまいなしに画面の中のJは、時々うしろを振り返ったり天井を見上げたりしながら、 「あーそうなの?」みたいに相槌をうったりしていた。 それはあたかもそこに誰かがいるかのようだった。 そしてとってもハッピーな表情で話し始めた。

(つづく)

2013年5月10日金曜日

チャネリング受けた話 その壱

生まれて初めてチャネリングを受けた。

初めてといっても受けた人ってあまりいないと思う。

チャネリング(英:Channeling)とは: 常識的な通信手段では情報をやりとりできないような相手(何か高次の霊的存在・神・死者(霊界人)・宇宙人・未来人など)とコミュニケーションをすることである。 チャネリングを行う人間をチャネラーと呼ぶ (by Wikipedia)

アタシがチャネリングという存在を知ったのは、アメリカ人女優シャーリーマクレーンが書いた本「アウト・オン・ア・リム」を読んでから。

すでにこの世にいない人たちと交信したり、前世のことなど、目に見えないものが見える特殊な能力をもったチャネラーのことが書かれていた。 

本はたぶんブックオフに売って手元にないけれど、内容はところどころ覚えている。

今回、ひょんなことからアメリカ人のチャネラーのセッションを受けることになった。

チャネラーといえば思い出す映画「ゴースト」で、ウーピーゴールドバーグが死んだ人とコンタクトできるチャネラーの役で出てたのも大昔のはなし。 


日本ではいわゆる恐山でイタコと呼ばれる人がいる。 亡くなったお父さんを呼び出してくださいといわれ降霊したイタコさんがいきなりおっさん口調で喋りだすのをテレビでみた。

そしてシックスセンス、 みんなが見えないものが見える少年のはなし。
これも飛行機の中でみて号泣した映画だった。


そんなことくらいがアタシのしょぼい知識だった。 


アタシの亡くなった父親が生前いつも言っていたのが「人間は死んでも魂は残るんだよ」 ということ。

エジプトに行ったときも、古代の人々が魂の復活を信じてミイラを創って保存していたのをみてその死生観の違いにショックをうけていた。

そのせいか、スピリチュアルブームに関係なく漠然とだけど(目に見えないなにか、科学者がはっきり証明できないことは存在する)とは思っていた。

今回、漠然とした興味をもったままその日をむかえた。


アトランタ在住の女性チャネラー(Jとしとく)とスカイプによる遠隔ビデオセッション。
彼女はイタコやウーピー方式でなく、傍に現れるひとたちから話を聞くというやりかたらしかった。

その日は朝から緊張して、お腹のへんがキューっとしてくるのを感じながら約束の時間を待った。

スカイプの電話が鳴った。
画面にうつったJは、ブロンドのボブヘアでモスグリーンの四角い眼鏡をかけていた。
「ハーイ」 と、Jはとびきり美しく並んだ歯をみせて笑った。 

(つづく)









2013年5月9日木曜日

香港に行って来た


黄金週間後半、香港へ弾丸旅にちょっくら行ってきた。 

2013年5月2日木曜日

なかったことにしたい過去

あなたは「なかったことにしたい過去」がありますか?

ってもし聞かれたなら ほんとうにそればっかりだなと思うアタシであった。
塗りつぶしたい失敗とか、巻き戻してもういっかいやり直したいことが数え切れないのだけれど、それを今は笑って話せる時代にやっときたと最近おもう。 

2013年5月1日水曜日

今日のニュース



皇太子と雅子王妃がオランダの国王即位式にお出ましになった。
今日はBBCでずっと観てた。 BBCには映らなかったのだけれどそのあとの日本のニュースで拝見したおふたり。

おばあちゃんが御召になるようなドレス。
デザイナーの人たちのセンスを疑う。
これって 体型をカバーしようとしたデザインかもしれないけれど
アタシは「これはあんまりだよ」って直感的に思った。

いくら彼女が病気だからといって、このドレスはひどい。
ほんとうに悲しくなった。 

なぜだろう、 理由は分からないけれど、病気だからといって女らしい装いができないのは間違っているように思う。 

連れもテレビ観ながら「ボフ。(あーあ) ひどいなこりゃ だいたい飛行機に乗るときのスカート長すぎるネ」 とつぶやく。(ま、それは彼の主観)

むずかしい問題だが、自虐的なシェイプにみえるのだ。 わからない。ご本人が「これで」とおっしゃったのか。 でもこのドレスには、(国務が出来なかったことへの) 華美にできない、遠慮とか、これまでの経緯を鑑みてみたいないろんな意味が込められているように思える。

なんかやりきれないのはアタシだけかな。