2010年9月30日木曜日

ガンガーの夜明け

3日目の朝5時、バナーラスの街は真っ暗。 牛やヤギ、犬たちは道端で眠りこけていました。 


歯ブラシ代わりになる木の枝


ガンガー近くでは、お供え物を売るひと、物乞いをするひと、チャイ屋で立ち飲みしているひとなどがたくさん集まっていました。

物乞いをする人々

前の晩、プジャを見物したガート(沐浴場)の前には、ガンガーの朝日を見物にきた人たちがボートに乗る順番を待っていました。 


目の前ですでに沐浴を済ませてきた人々がガートへ上がってきます。 水の色はかなり茶色い。




東の空は雲がかかってあいにく朝日は姿を現してくれなかったのですが、しだいに白んできた空の下、ボートに乗り込みました。 


ひんやりとした空気を感じながら、ボートはガートと平行に南に向かって河を走りはじめました。


200年くらい生きてるんじゃないかと思われる形相で瞑想しているひとや、ヨガをするひとたち、自分の家にいるかのように用を足すひと。 自分を偽らず飾り立てることもない、あるがままの人間の姿がガートにはありました。 



沐浴することで罪を清められると言われているが、缶コーヒーのような色の水に入る勇気は絶対ない。


15分ほどボートは河を走ったのち、あるガートに到着し、ボートを降りました。


ここも小さなガート

そこから少し歩くと、何十本もの大きな薪が高く積まれている場所がありました。 火葬場でした。 見上げた先の高台では火葬が行われていました。 竹で組まれた台の上に薪が積まれ、薪の上に遺体らしき黒い塊が真っ赤な炎につつまれ灰色の煙が空へと昇っていくのが見えました。 (火葬をしているときは写真撮影は禁止されています。) 下にいても何かが焼ける匂いが煙にまじってただよってきます。 敬虔なヒンズー教徒にとって、ガンガーで荼毘に付されると涅槃へ行けると聞きましたが、たまにしか神頼みをしない多くの日本人にとってはその感情についてを理解するのは量り知れないものがあります。


火葬場のすぐ近くでは、人が焼かれていることに関心がないように、チャイを飲んだり沐浴したり洗濯したり、大声で立ち話をしたりする人たちのごく普通な日常がありました。 

この人は何をお祈りしていたのだろうか。

生まれて、生きて、死ぬ。 というシンプルなことを何万、何十億人もの人々が何千年もの間、繰り返して共存しているだけ。 ガートを眺めながら、そう思いました。


ボートの上で、自分の一番叶えたいことを唱えてから、お供えものを東の方向へ流しなさいと言われました。 言われたとおり、心の中でその言葉を思いながら、お花の乗ったお供え物を茶色い河の水面に浮かべ、手を放しました。 お供え物は東の対岸へ向かってものすごい速さで走っていき、次の瞬間、くるりとひっくり返り、あっという間に水の中へ飲み込まれ姿を消してしまったのでした。 まるで、アタシが唱えたことにたいして「受け止めた。」とでも言うように。 すごく不思議な瞬間でした。

2010年9月29日水曜日

ガンガーへ、プジャ(礼拝儀式)を観にいく

インド2日目にしてもう1週間くらいいるような気分になってきてました。 カレーは文句なくおいしいですが、日本で食べるインド料理と一番違うと感じるのは'ナン'かもしれません。日本のナンよりさくっとパリパリしていました。


バナーラスはとっぷりと日が暮れてきたころ、サイクルリキシャーに乗って、いよいよ聖なる河、ガンガーの沐浴場で行われるプジャを観に行くことに。 プジャとは、ヒンズー教における神像礼拝の儀礼を意味し、日没後の沐浴場などで毎晩行われる祈りの儀式。


サイクルリキシャーワーラー(ドライバー)と彼の弟。 このちびちゃんを膝の上に乗せたまま、彼は自転車を漕ぎ出す。 途中でサリー姿のお母さんらしきひとが走りより、ちびちゃんを奪うように抱き上げると何か怒鳴っていました。 「ちょっとケン坊、マサオを仕事に連れていかないでよ、もう夕飯の時間なんだからねっ」 「わーったよ」 彼らはケン坊でもマサオでもないし、ヒンディー語だったけど多分こんな会話だったのではとアタシは思う。

漕ぎ出すドライバー君。 かなり飛ばし屋。 

隣で漕いでいるおじさんリキシャーワーラーを押してあげたりするドライバー君。




ガンガーへ向かう人たちがだんだんと増えて来ました。 リキシャーは人の間をかわしながらビュンビュン飛ばす。 信号はまったく見当たらない。 クルマもバイクも突っ込んでくる。 自転車のベルとクラクション鳴りっ放し。 ぶつかりそうでぶつからない、スリル&サスペンス劇場にテンションもマックスに。 もう、楽しすぎ!


10分ほど走ると、「着いたよぉ!」とお兄ちゃん。 リキシャーが止まり、踏ん張ってた足を下ろしてやれやれと降りようとすると、おっ そこには野良牛さんたちが一息ついて休憩中でした。 


ガンガーの中心にあるダジャーシュワメード・ガート(沐浴場)の階段は、プジャを観に来た人たちでごったがえしていました。 それはもう小田急線の通勤ラッシュ以上。 線香の煙、人の体臭、牛の糞(=お約束)の匂いと熱気で窒息しそう。 


ガンガーに隙間もないほどびっしり浮かんだボートの上から見物している観光客。 みんな真剣なまなざしです。



礼拝は、日没頃から約一時間、毎晩行われるそうです。 沐浴場の階段に祭壇が供えられ、さながら劇場と化したよう。 太鼓とドラのリズムに合わせ、礼拝僧たちが神に感謝の祈りを捧げます。 

アタシのまわりでは手を合わせ目を閉じ一心にお祈りをしているひとが沢山いました。 多分ヒンズー教徒の人たちでしょう。 これだけ大勢の人たちが、まるで吸い寄せられるように毎晩やってくるこの場所に得体の知れないエネルギーを感じました。 (つづく)

2010年9月28日火曜日

サルナート、そしてバナーラスへ

インド2日目はインドエアの国内線に乗り、デリーからバナーラスへ移動します。


デリー空港待合所にあった水槽の熱帯魚をみていると、次々に人が寄ってきてはケータイで魚の写真を撮るので面白かった。 待受け画面にするのかな。


ターバンを巻いたひとはシク教徒で、髪の毛と髭を切らない風習らしいので長い髪をターバンにしまっているらしいです。 本当にきれいに巻きあげているのでまじまじと見てしまいました。 このおじさんはずっと大声で独り言を言っていました。



インドの国内線は1時間、2時間遅れるのは当たり前と聞いていたので心配だったけれど、ラッキーなことに15分ほどの遅れで飛行機に乗ることが出来ました。 



さてバナーラスに到着後、サールナートへ。 ここはお釈迦様が悟りを開いた後、初めて説法を説いた地とされる仏教の四大聖地のひとつ。 広大な敷地にはゆったりとした風が吹いていて気持ちよかった!


遠くに見える蟻塚のような建物が、ダメーク・ストゥーバ。 


子供たちにカメラを向けると「撮って!」と寄ってきます。よくみると引率の先生(?)も手を振ってるよ。


写真撮り終えると、必ずデジカメの画面に写っている自分の画像をチェックしようと集まってきます。 目がキラキラしていて可愛いのです。 

さて、いよいよバナーラス市内へ。 街の中へと入っていきます。 




街の中を水牛が悠然と行進しています。 インドにいることを実感しました。


サイクルリキシャー・ドライバーのお兄ちゃんのキメのポーズをパチリとな。 日本語の人力車の語源はこのリキシャーからきています。


この夜はいよいよガンガー(ガンジス河)でのプジャ(ヒンズー教礼拝儀式)を観に行きます。 (つづく)




2010年9月27日月曜日

デリー到着、盛大なセレモニー?

インド旅行記始まります。 今回は内容が濃いのでロングバージョンになりそう・・・。

デリーに到着したのは夕方5時過ぎ。 翌朝はバナーラスへ飛ぶのでデリーの空港にほど近いホテルにチェックイン。 夕食を食べていると、ホテルの外からズンチャカズンチャカと運動会のようなマーチが聞こえてきました。

夕食を食べ終え、ホテルの中庭に出てみると、おそろいの制服を着た楽隊が大演奏をしていました。



その奥には黒山の人だかり。 ありったけの金銀財宝を身に着けて美しくドレスアップした人たちがたくさんいます。 子供までピカピカのマハラジャのようなロングコートでおめかししています。


集まる人々の向こうにひときわ眩い光を放つ人がみえるので、人をかき分け前に出るとそこには


白馬に乗ったマハラジャ? のような男性がライトに照らされ、数百人もの人たちに囲まれて入場するところでした。 映画の撮影? と思うほどあたりは明るい。 まわりでは音楽にあわせて阿波踊りのような振り付けで踊り始める若者も。


とても豪華なサリーを着ている女性がたくさんです。 聞くと、結婚式のプレセレモニーだとか。白馬にまたがっていたムービースターのような男性は、花婿でした。


誰ひとりとして同じようなサリーを着ていない。 それぞれが個性に(サイズに)合ったサリーを着ているのです。 このとき絶対アタシもインド滞在中にサリー着てやるぞーっと思ってしまいました。


花婿を乗せた白馬が歩き出すと一斉に参列者も歩きだしました。




馬も負けないくらいキンキラキン。 花婿、こんな最中にケータイでおしゃべり中! 花嫁と話してるのかな。


花火まで上がる。 派手だわ~  クルマが渋滞する中、まったく気にしていない様子の参列者。 ホテルのまわりはそりゃもう大騒ぎ。 鳴り止まないクラクションと花火の音で何がなんだか分からない。

あとで聞くと、インドの結婚式は花婿が参列者とともに街をねり歩きながら、花嫁の家へ迎えに行くそうです。 それから何日間も朝から晩までパーティをするそう。 1,000人ほどのお客を呼んでのパーティもあるらしく、ちなみにこれくらいの規模の費用だと200万~300万円ほどかかるらしい。 

そういえば、この数ヶ月行った先で必ず結婚式に遭遇していたアタシ。 箱根も、湯布院でも。

インド到着最初の夜は、思いがけないセレモニーから始まりました。